質疑応答 & 交流会

ダニエル&ハンナグリーンバーグ氏 講演会 in 姫路 (1999)


Q. いじめが心配なんですが。

ハンナ  
私達の学校では、子ども達はお互いにいじめ合うということはありません。
なぜそうなるのかというと、裁判委員会という子ども達の法律的な委員会があるからです。
それは陪審員のいる裁判所みたいなものです。委員会の委員は7人です。
7人の構成は、いろんな年齢の子ども達と、スタッフ一人で、構成員は月ごとに交代します。
これは子ども達が負っている義務の一つで、自分がその番に当たれば、
その委員会の仕事をしなければなりません。陪審の役をするのです。

例えば、ある子どもが他の子どもに向かって 「おまえはバカだバカだバカだ」 と言ったとします。
言われた方は 「やめてくれ、君は僕を困らせている」 とまず言葉で言います。
それでも、やめなかった時は、その子は、委員会に行き書面でそのことを書きます。
 
「~さんが、自分を困らせてる」 ということを申し立てます。
そうすると、委員会は捜査を行い、本当にそういうことがあったかどうかを調べます。
そして、 「バカバカ」 と言って他の子を困らせる子も、委員会で陪審員をつとめる他の子ども達から 「どうしてそんなことをするんだ、そんなことをして彼を困らせるのは悪い事じゃないか、間違っているじゃないか」と言われると、やめます。

Q. どうやって学校を始められましたか。

ダニエル  
長くも、短くも答えられますが、長い答えは本に書いてあるのでご覧下さい。
短い答えの方は、世界中どこでも、親達がその気になって、一つのグループを作り、始めたら出来ることだと思います。

まず、私達がやったように、場所探しですね、適した場所を探す。
私達のような学校は、アメリカ中に、また世界中に随分たくさんあります。
ただの家という場合もたくさんあります。

でも、学校作りに一番大事なこととは、子どもを信頼する親や、大人達のグループを見つける、作るということです。
子どもは、信頼されさえすれば、場所なんかどこでもいいんです。
砂漠の中のテントであろうと、うるさい街中の家であろうと、そんなことは全然関係ありません。
子どもが信頼されさえすれば、そこは本当にいい学校として成功すると思います。
もう一言言い添えると、学校を始めるためのキットがあります。
この三十何年間の経験からいろんな情報とかいろんなやり方を集めて、一つのまとまったセットを作っていますので、お役立て下さったらと思います。
もちろん、そんなものを使わなくても、充分やっていけると思いますが…。

Q. 学校では、どのようなことを子ども達に用意されていますか?

ダニエル  
この質問に答えることは非常に簡単なことです。
子ども達が、何を求めているかを待って見ていることです。

1968年に学校を始めた時には、ちょっと笑ってしまうようなことがありました。
子ども達が必要であろうと私達が考えたいろんな物を用意しました。
でも、そんなことをして時間やお金を無駄にすることはなかったのです。
子ども達は、自分で自分達が何を求めているか、必要としているかが分かります。
その学校が民主的な学校であれば、自分達で子ども達自身が何のためにお金を出費しようか、いつ買おうか、どういうふうにかは全部自分達で決めていきます。
そして、本当に素晴らしい仕事をしてくれます。

それから、もう一つとても面白い、興味深いことは、子ども達が自分自身の想像力を発揮して、想像力を使っていろんなことをする自由が与えられていさえすれば、想像力以外には そんなに「物」というものは必要じゃないということです。
私達の学校でインターネットに接続することを、ついに子ども達が決めて接続したのはほんの一年前です。
つまりそれ以外のことで忙しすぎたのです。

Q. サドベリーバレースクールは、4才から19才までの子ども達が通っているとのことでしたが、それには何か理由がありますか?

ハンナ  
4才から19才という年齢の理由は、アメリカでは、それが学齢だからです。
学校に行くのはその年齢です。本当は6才から18才ですが、
中には幼稚園に子どもを行かせたい親もいますので、4才からになっています。
4才より下になりますと、小さすぎて、いろいろ目が離せません。
4、5才になれば、日中の長い時間ではないけれども、短い時間であれば学校に来るには充分な年になっているという理由で、4才からということになっています。

Q. 日本から、サドベリーバレースクールに短いホームステイなどで、行くことは可能でしょうか。

ハンナ  
だめです。日本から来た子でひどいことがあったから…。() 冗談です。
そんなことはなくて、1年くらい来てください。
たしかに英語が分からないで、家から離れて来ることはとても難しいことですが、どうぞおいで下さい。
3人、今まで日本から来た人達がいて、とてもすばらしい人達でした。
一人は今ここに来ています。



Q. 英語が話せないのに、ホームステイを引き受けるというのは?

ハンナ  
英語がしゃべれようがどうであろうが1年は来て欲しいということです。
1年はいて、生活して欲しい。それは最低1年はということです。
1年という理由は、親にとっても子どもにとっても、自分自身の面倒を自分で見ることを、学ぶためにはそれくらい必要だからです。
小さな子はすぐ学べるかもしれませんが、年が上になればなるほどそれを本当に学ぶことは難しいことなので、最低1年はいて欲しいと思っています。
(*編者注釈 1999年当時のことで、今は変わったようです。子どものみの留学は受け入れていないようです。詳しくは直接サドベリーへお問い合わせください。)

Q. サドベリーバレー校でスタッフや先生になるにはどうしたらいいですか?

ダニエル  
もちろん、どこの国の人であろうと一緒です。先生になるのに区別はありません。
先生になるためには、どんな人も学校の委員会の投票を受けて、選ばれなければなりません。
子ども達に選ばれて初めてスタッフになることが出来ます。
ですから、投票を受けるためには、ある程度の時間サドベリーにいて、どんな人であるかをみんな知らなければなりません。
そういう機会を持って初めて投票ということになります。

Q. サドベリーバレー校では、テレビゲームはどのように扱われていますか。
又、ゲームに対する、バーチャル世界に対する情熱は、やがて現実的なものへ向かっていくのでしょうか。

ダニエル  
大変単純に、はっきりと申し上げたいことは、子どもが何をするかについて私達は判断しないということです。
私達が子ども達の中に見いだしたことは、子どもは、いろんな事に情熱を持つということです。
それがどんな意味があるのか、どんな価値があるのかを、私達は必ずしも理解出来ません。
ビデオゲームに親しんだ方がこの中にいらっしゃればおわかりになると思いますが、
ほんとに洗練された、進んだコンピューターのプログラムが使われています。
私達が見てきたのは、ビデオゲームに熱中する子どもはたいてい何人かのグループで熱中しています。
その子達は非常に詳しい、細かい、どういうふうにそのゲームが成り立っているのかについてすごい知識を得ます。
中には、二年、三年、四年と熱中して、そればかりやっている子もいます。
それから、二、三何か物事が起こって、中にはそういうコンピューターのゲームを作るプログラマーになっていく子もいます。
そうすると、私なんかよりよっぽどお金を稼ぐことになります。
でも、たいていの子はだんだんと興味を他の対象に移していきます。
その時起こることは、興味の対象が変わっても、ゲームに熱中した時と同じすごい集中力でその物事に当たっていくということです。

どんなことでも、大人がこれはおかしいと判断したものでも、
何かに熱中したことによって子どもが悪い影響を受けたということは今まで見たことがありません。
これは本当に大事なことだと思います。なぜかというと、その逆は、必ずしもそうではないからです。
つまり大人が子どもに何かをするなと禁じた場合には、それが脅迫的になって、かえってそればっかりやってしまうということが起こり得ますので、逆はそうではないと思います。
そうやって、何かをするなと禁じた時に子どもがかえってそれに集中してしまうのは、良くありません。
なぜかというと、本当にそのものに対する純粋な興味から熱中しているのではなくて、
禁じた人に対する反抗心からそればかりやるというのは、それはやっぱり良くありません。

Q. きほど、サドベリーバレースクールが、ポスト産業経済社会の中での、子どものニーズと、社会のニーズが合致した学校の一つの形だという説明をされました。 
又将来社会の形態が変化すれば、サドベリーバレーの理念も通用しなくなると思われますか。

ダニエル  
次の変化と言われましたが、今の次の変化とは情報化社会です。
情報化社会のその次に何が来るかは誰もまだ分からないと思います。まだ情報化社会さえ今の次という感じですから。
でも、一つ推測できることがあります。情報化社会においては、進歩と、そして社会というのがマッチしている、そういう時代になるのではないかということです。
進歩、歴史が発展していくことと、人間のニーズがマッチした時点というのは、今からさかのぼること四万年前の狩猟生活の頃だったと思います。
それから、農業、農耕社会が起こって、そして最近になって産業社会が起こりました。
その間人間がそのまま人間であることと、社会のニーズとはずっとマッチしてこなかったのです。
そして今、この情報化社会が来て、又初めて人間のニーズ、自然な人間の姿と社会のニーズが一致する時代が来ると思います。
私の推測は、たぶんその状態のままその時代が長く続くと思います。

Q. 学校で一番気にかけていること、心配していることはなんですか。

ハンナ  
学校で一番大変なこととは、子どもが幸せであるにもかかわらず、その子のことを親がとても心配して神経質になっているような場合です。
そういう親は子どものことで混乱していて、その子がとった行動について、ある時はこう言っても、また別の時には別のことを言うという具合に混乱しているのです。
そういう親と一緒にやっていくのは子どもにとっても大変ですし、学校にとっても大変です。
親がどういう態度をとるかについてですが、私達の学校に連れてきていながら、「何を学校でしたのか」 とか、子どもに違うことを要求する。
その子がサドベリーですごく幸せに自分のやりたいことだけをやりたいようにしているのにもかかわらず、そのことをすばらしいと言ってやれなくて、その子に対して要求していく、そういう親と一緒にやっていくことが一番大変です。

Q. 家庭の中で、民主主義的な子どもの立場をどのようにおいたらよいでしょうか。
日本では、親の意見を押しつけがちな現状があります。

ハンナ  
自分の意見を押しつけがちなのは日本だけじゃありません。
親というものは、何も言わなくても、子どもに対して一番大きな影響を与える存在です。
私は子どもを育てる時に、私が親から育てられたやり方とは違う育て方をしました。
私は今、孫もいますが、この年になってもまだ自分のお母さんに、たとえお母さんの子育てのやり方と違っていても、「あなたは本当にすばらしい子育てをしたわね」 と言ってほしいです。

子どもは親であるみなさんから、ほとんど全てのことを学んでいきます。
たとえ学校に行っていても、どんな学校に行っていても。
でも、大人になった時に子どもはよく考えて、そうする必要があると思えば、自分が受けてきたものとは、全然違うやり方をする場合もあるのです。…答えになりましたでしょうか?

Q. 夫婦の教育に対する意見の違いや、夫婦仲の良し悪しはどのように子どもに影響すると思われますか。

ダニエル  
今ハンナが答えた時にみなさんお気づきでしょうか、ハンナは 「私が自分の子どもを育てた時は」 という言い方をしました。
でも、自分の子どもであるだけではなくて、私の子どもでもあるのです。
その事はどうなっているんでしょう…?

夫婦というものは、必ずいつも子育てについて何か、考えていたものとかいろんなものが違うのです。
ですから、その場合大事なことは、お互いに正直であること、そしてオープンであること、そして子どもも含めみんなが、本当のことを知ることが出来る、そういうことだと思います。
子どもが、両親がお互いに正直であると知ることは、すなわち子どもにどの考え方が自分にとっていいかとを自分自身で判断する力を与えることだと思います。

私が育ったのはとても伝統的な家庭で、そこでは両親がお互いに、 「お母さんが言っていることは全て正しい」 とか、「お父さんが言っていることは全て正しい」 と言っていました。
しかし、それはやっぱり良くありません。
お互いに本当の意見を言って、それで子ども自身が自分で判断するのが一番いいと思います。

ハンナ
あなたご自身が子どものことを本当に尊重すれば、子どもも必ずあなたのことを尊重してくれます。それは、確かなことです。

Q. もし、全ての学校がサドベリーバレースクールのようになった場合、 人類が今まで築いてきた文明を持続することが出来るのでしょうか。
そのあたりがわからないので、お教えいただければ幸いです。
ハンナさんのお話にあった高名な90才の経済学者 P.F.ドラッカーも、膨大な知識の上に、現在の自分を築かれたのではないでしょうか。

ダニエル

そうでないことを望みます。文明が、そのように持続されないことを望みます。

この点についてちょっとお話しいたします。
人々は、自分達の文化をずっと持続してきたのは、その文化をずっと次の世代に強制し続けてきたからだというすごく馬鹿げた幻想を持っているのではないでしょうか。
歴史を見れば、それが間違っていることが分かります。
力によって、強制によって、一つの文化をある短い期間ある限られた人々の間で持続することはもちろん出来るかもしれません。
でも長い目で見れば、特にこの情報化社会においては全ての人が世界中の文化に対して開かれている、そういう時代ですから、その文化自身が本当の価値を持たなかったら、その文化は生き残れない。
その価値を人々が本当の自由意志でもって守ろうと思わなければ、文化というのは生き残れないと思います。
これはどの文化についても言えるでしょうが、アメリカの文化でもロシアでも日本でもみんな同じですが、私たち自身の文化が持続しているのは、それを私達が持続させたいと望んでいるからだと思うのです。
これは強制されて、力によってではないと思います。
また、P.F.ドラッカーも知識の上に現在の自分を築かれたのだと思います。

Q. カリキュラムをくんだ現在の学校教育の中で、広く浅く多様な文化を学べると思います。
子ども自身の自発的な欲求任せにしていて、生き方は偏ってこないのでしょうか。
いろんな刺激、現在の学校教育で教えていることの中から自分の生き方を模索していくことが、合っている子どももいると思います。
また、今私の子どもは、テレビゲームは放っておいても熱中しています。
他のことにも関心を持って取り組んで行くかどうか不安です。
ああしろこうしろと指示されて動くタイプで、彼らが自分で考え行動していく大人へ成長させるには、 どうしたらいいか教えていただきたいです。

ハンナ

こういった質問はいつも聞かれます。
でも、31年間の経験から言えることは、人生の中で一つか二つのことだけを集中してやっていきたいという人達もいれば、いろんな事をやってみたいという人もいるということです。
それが、人間というものの自然な姿だと思います。
その人間の自然な姿に対して戦いを挑むことは、変えようとすることは、すごいエネルギーがいることだと思います。
そしてそれは変えられない、結局のところ変えることは出来ない。
だから、自分がどう生きたいかは子ども達自身に決断させたらいいと思います。

ダニエル

あと二つ、私のほうから付け加えます。
今、広いカリキュラムとおっしゃいましたが、何をもって広いと言うんでしょうか。
どんなにカリキュラムの幅を広げたとしても、それは人間の知識の膨大な大きさに比べたら、本当にもう小さな一片でしかないと思います。
どうしてそんな小さなかけらみたいなものにこだわるのでしょうか。
アメリカでは、小学校三年生はエジプトの事を勉強します。でも、彼らはナイジェリアについては勉強しないのです。
どうしてエジプトだけ勉強してナイジェリアは放っておくんでしょうか!?

もう一つ、今度は全然別のことを話しましょう。
モーツァルトが代数を勉強しなかったからといって、その事を心配した人がいるでしょうか。
アインシュタインがフランスの歴史についてそんなに知っていなかったからといって、その事を心配した人がいますか。
もしアインシュタインが広い範囲で勉強していたら、例えば彼はフランスの専門家になっていたかもしれないですよね。
でも、一人一人、その人自身というのは結局表れていくのだと思います。
だから、大事なことはその人自身の本当にユニークなその人にしかないような素晴らしい可能性というものを育てて、伸ばしていくことだと思います。

Q. 自由について学んでこなかったロシアは大変とおっしゃいましたが、日本も同じようなものです。
女子中高生の援助交際、 「私の体よ、私の自由よ」 と彼女らは答えます。
そこで、自由に責任があることをどこでどうやって子どもが学ぶのか、例題を教えてください。

ハンナ

まさにそこがポイントだと思います。
普通の学校では、自由について、責任について、学ぶことが出来ないのです。
だから子どもが雪の中に自分の決断で出ていって寒かったら帰ってきて服を着るとか、お腹が空いたら自分で決めて食べるとか、人に言われたからとかではなくて、自分で汚いから掃除をするとか、そういったことなんです。
これは、こう言うと聞こえがいいからとかそういう事ではなくて、本当に自分の経験から申し上げるのですが、援助交際をするような女子高生達も、もしもっと小さい時にサドベリーバレースクールに来ていたら、きっとそんなことはしなかったと思います。
もっと自分自身に対する尊敬を持てたと思います。
女の子だけじゃなくて男の子もそうです。

小さな実例ですけれども、普通アメリカではティーンエイジャーくらいになると、子ども達はたばこを吸います。
でも、もっと小さい時からサドベリーバレースクールに来ている子ども達は、ほとんどたばこを吸いません。
ですから、大事なことは、もっと小さかった時から、その子に対して尊敬と責任を与えていれば、ティーンエイジャーになった時に又は大人になった時に、もっと自分に対しても尊敬し、そして責任もとれる人間になっていくっていう事です。

Q. 私も上の3人をホームスクールしてきましたので、サドベリーバレースクールの教育は100%素晴らしいと思います。
ダニエルさんが 「学校は大人の社会の鏡でなければならない」 とおっしゃいましたが、本当にその通りと思います。
しかし私の見る範囲では日本の現実は家庭でも学校でも、子どもが見本として学べるようなところからほど遠い存在です。
そこで一言、日本のそのような実体を少しでも変えていくために、一つ、まず最初に何をするべきと思われますか。

ダニエル

正直に私の意見を申し上げます。それは日本でもアメリカでも一緒だと思います。
その答えというのは、私達はひとつの小さな学校を始めたということです。
私達はそうやってひとつの小さな学校を始めて、そして良い学校になっていったと思うのですが、そして今度は別の人が別の地域でまたその人達自身の手で小さな学校を作っていったっていうことです。
覚えておきたい大事な点というのは、誰でも、どんな人でも小さな学校を始めることが出来る、小さな何かをし始めることが出来る、でも誰もこの社会全体を変えるということは出来ない、でも小さな何かを始めることは出来るということです。
私達が社会を変えていけるとすれば、その変わり方というのは本当にたくさんのたくさんの人達が何か本当に小さな事を始める、で、ある朝起きてみたらその社会全体が、その文化が変わってしまったんだなっていうそういう変わり方だと思います。

 

交流会にて
~全体セッション~

質問 : サドベリーバレースクールには、弱者、例えば障害を持った子がいますか。
それと認可されていなかった頃は色々と運営上困難があったと思いますが、それを克服するために 親や子ども以外で学校をバックアップ、サポートするような組織、ネットワークがありますか。

ダニエル

まず2つ目の質問からお答えします。
私達は学校を設立した当初から、地域社会のいろんな人との関係を作り上げていくために大変大きな努力をはらってきました。
地域社会に向けて学校についてのいろんな事を伝えていく、地域社会との関係を作っていく、政治的なことも含めて色々と努力してきました。
その地域の教育者、政治家、宗教的リーダー、そういった地域の人々と多くの時間を割いて、話し合ってきました。それは私達のやっていることに対してその人達に同意を求めるのではなく、私達が一体何をしているのかを説明して、伝えて、その地域の中で受け入れられることを目指して時間を費やしてきました。
それから31年間ずっとたくさんの本を書いて出版してきました。
そんなふうに色々と学校がうまく機能しているんだということを人々に示せるようにしてきました。

今、これまでとは違ったことが起こってきています。
新しい学校をはじめたい人は私達の本や経験から 「こういう学校が作りたい」 といい、そして「サドベリーバレーはうまくいっているんだ。確かにこういうやり方でやっていけるという証拠があるんだ」というふうにも使っています。

笑い話のような本当の話を紹介します。
イスラエルほど教育に関して政府から規制されていて、様々なことが決められている国は世界中探してもないでしょう。
全ての学校が中央政府から決められたように動いている、構成されているのです。
そのイスラエルでサドベリーバレーのような学校をはじめようとしたグループがあり、文部大臣に話しに行きました。
「もちろんご存じと思いますが、あのアメリカの有名なサドベリーバレースクールをモデルとして学校を作りたいんです」 と言いました。
すると、大臣は閣僚ですから、「知らない」 とは言えなくて 「どうぞやって下さい」 と言ってしまいました。
今、世界中にサドベリーバレーのような学校が20もあって、そのどれもがうまくいっているので、もうどんな官僚といえども「こういう学校を作りたい」 ということに対して 「ダメ!」 とは言いにくい状況になってきています。
このようなことが起こりつつあります。

次に最初のご質問ですが、障害には2種類あります。
1つは明白な身体障害があって、その子自身で自分のことをやっていくことが自分でははっきりできないというものです。
そういう子に対しては私達のプログラムはうまく機能しません。
そういう子どもには本当に他の人達の手助けを必要としていて、一日中いろんな形で関わってくれることが必要なわけですから、私達のようなやり方はうまくいきません。
こういった子ども達は全体の数からすると大変少ないです。

このような明白な障害を持つ子以外に、最近になって障害児であると言われてきた子ども達がいます。
大きな割合で現れてきたというか、作り出されてきた子ども達です。
日本での状況は存じ上げないのですが、アメリカでは今や全ての生徒の20%、つまり5人に1人が何らかの意味で障害を持つと認定されています。
例えば、「注意力散漫障害」 などとアメリカでは呼ばれています。
先生が教えようとしていることに集中して、きちんと椅子に座って机に向かい静かにしていられないというものです。

サドベリーバレーでの30年でわかってきたことは、私達のような環境では、そんな障害はありえないということです。
外部からサドベリーに見学に来た人の目から見ると、サドベリーでは他の普通の学校で学習障害児とレッテルを貼られてきた子と他の子の区別はまったくつきません。
 

質問 : では、サドベリーバレースクールでは31年間に身体的障害を持った子が望んで入学してきたことはありませんでしたか。
今もいませんか。

ダニエル
どちらもありません。入りたいと言った子もいませんし、現在通っている子もいません。
 

質問 : 自閉症やダウン症の子はどうですか。

ダニエル
まず1つはっきりさせておきたいことは、子ども達の中には確かに特別な注意を払う必要がある子、手助けがいる子、訓練が必要な子が居るわけです。頭部損傷などの場合です。
私の考えでは、そういった子は特別の扱いが必要で、そうされるべきです。そういう障害を持つ大人の人と同じです。
子どもでも大人でも同様で、特別に気をつけなくてはいけない子どもが一定数います。
そういった場合、最善の専門家に委ねるべきです。
サドベリーバレースクールはそういった子どもでない子の為にデザインされているので、ダウン症や自閉症の子にはもっと特別なやり方がされるべきです。


質問 : 私はハンナさんの書かれた記事の中の 『Do Nothing』 という言葉に大変感動しました。
それが理想の教育だと思うのですが、私が大学で教えているとなかなかそうはいきません。
 Do Nothing  と言っても  Do Something  と思うのですが、特にサドベリーバレーのようなデモクラティックな環境でハンナさんの心がけていることはなんですか。

ハンナ 
まず、その記事 『Art of Do Nothing (何もしないこと)
 』 を書いたのはだいぶ前のことです。
私が子ども達から学ぶ以前のことです。何を学んだかというと、彼らのために待つことです。
その子たちに押しつけないで、その子たちを待つことを学びました。
つまり私がその子たちのところへ何かしに行く、例えば何かを教えるとかではなく、その子たちからちょっと距離を置き、その子たちが私にこういう事を助けてほしいと言ってくるのを待つのです。

美しい禅の物語があります。
西洋系のアメリカ人の教授がある禅の老師の所へ出かけていって、 「禅を私に説明して下さい」 と頼みました。
老師は教授に 「どうぞ自分でお注ぎなさい」 とコップとお茶のポットを差し出しました。
教授が注ぐと、 「もっとどうぞ」 と言いました。もう一度注ぐと、 「もっと」 と言い、また注ぐと、 「もっと」 と繰り返しました。
ついに教授のコップからお茶が溢れてしまいました。
すると老師は、「あなたは私に聞きに来ましたが、見てご覧なさい。あなたのコップはもうこんなに一杯で、私が注ぎ込むことは出来ません。さようなら」 と言いました。

「何もしない」 のアート(Art)は子どものコップにこちらが注ぎ入れるのではなく、
子どもが自分自身で自分のコップにお茶を入れるのを待つことです。
でも子ども達というのは時に大人の手が必要なときもあります。
子どもの方から大人の所へ来て「お茶ちょうだい」 と言ったら、賢い大人は 「はい、どうぞ」 と出してあげます。
あなたが待ってさえいれば必ず子どもはやってきます。

 

ダニエル 
来日前に姫路の皆さんから寄せられていた質問にお答えして、このセッションを終わらせて頂きます。
質問は 「サドベリーバレースクールを卒業した子ども達自身は、大人になってから自分の過ごした学校生活、サドベリーでの自分の成長についてはどのように考えていますか」 というものです。
そこで、サドベリーバレーを卒業した子どもが書いてくれた素晴らしい言葉を引用して紹介します。

『私は  教育を受ける  ということについて本当に考えたことがなかった。
何か人工的に
  教育を受ける  という考え方を私は理解できなかった。
私が考えていたのは、この世界に生きていていろんな事をやっていれば毎日何かを学んで、ちょっとずつ賢くなっているということだ。
だんだんばかになっていくなんてことは、じぶんの脳の中に蓄えていた知識を消していくということ以外にありえないと思っていた。

ある日何かについて誰かと話す。そして次の日は違うことについて違う誰かと話す。
そうやってだんだんと色々なことを結局のところ全部カバーして、様々な知識を学んでいくと思う。

サドベリーに見学に来た人がよく 「どんな授業を受けているの」 と尋ねてきた。
「授業?そんなの受けてないよ。見てわかるでしょ!教室なんてないんだから」 と答えると、
「じゃ今日は何を学んだの?」 と聞く。
そんなふうに聞かれると、いつも私達は「何を学んだかって?何を言っているんだろう、この人!」と思っていた。
そんな
  今日学ぶこと  というのがあって、それで図書館へ行って、それを学ぶ。
 学び  はそんなものではないはずだ。私達は科目から科目なんて学びではないんだ。
色んな人と色々なことを話してるし…、 そういった会話の中からこういったもの、ああいったものを学ぶというような、もっと有機的にオーガニックな方法で学んでるんだ。
私達は色んなことをやって、そのやることの中からすこしずつこういうことなんだ、ああこういうことも何だと分かっていって、そして 「あ~あ、こういうことだったんだ」 と一つの全体像をつかんでいく。だから時間のかかることだし、自分がその知識をどの辺で、どうやって得たかなんていうことはもう忘れちゃったよ。

何かを学んだっていうとき、様々な形で学んできたってことが分かるはずだ。
本から学ぶこともあるし、人から学ぶこともあるし、自分の経験から引き出すときもある。
その事を自分は身につけたって思うけど、それをどうやって身につけ学んだかなんて、そんなことは分からない。』

この卒業生の文章がサドベリーバレースクールの学びというものについての完璧な説明になっていると思います。