スコット・グレイ氏 講演会 in姫路 2006年

はじめに

スコット・デイビッド・グレイと申します。

サドベリー・バレー・スクールを卒業後、社会でいくつかの仕事をしました。そして、今はスタッフとしてサドベリーバレースクールで働いています。
ここ姫路でこうしてみなさんにお会いすることができ、とてもうれしく思います。

事前の打ち合わせでは、卒業生として、また生徒としてみたサドベリー・バレー・スクールについて話すことがいいと提案されました。でも考えれば考えるほど、それはむずかしいことのように思えました。なぜなら、サドベリー・バレー・スクールは従来の学校と違って、他人と同じことをする人が一人もいないからです。

十把ひとからげにアメリカ人として、あるいは日本人として人はどう成長するのかを話すことは簡単ではありません。一人ひとりそれぞれがどう成長したのかを話すほうが簡単です。ですから、私自身のサドベリー・バレー・スクールでの経験を話そうと思います。

学校での経験

小学校入学前の幼い頃に自分が学校とはどういうものと思っていたかについて人はよく話をします。私自身も四歳の時に、学校について「成長し、知恵を得て、世界全体を知ることができる場所だ」と思っていたのを覚えています。自分や他の人たちが興味をもつことについて考えたり話すことができる(学校という)世界の中に自分が入っていくのを、当時は楽しみにしていました。

初めて学校に行った日を思い出すと、学校は自分が期待していたものとはまったく違っていました。私は本能的に「侮辱された」と感じたのを覚えています。こんなふうに感じたのは私一人ではありません。多くの人が、学校というところが「自分が望んでいたような場所ではない」と初日に分かったと述べています。

私の国の人たちは、学校時代を振り返る時、「実は自分は学校が嫌いで、先生をからかったりしていた」ということをいつも思い出すわけではありません。大人たちは過去を振り返るとき、記憶をいいように変えて自分の学校時代を理想化するのです。そのせいでたくさんの子どもたちが、「学校ってきっといいところなんだろうなぁ」と思って楽しみにするようになります。

みなさんが初めて学校に行った日を少し思い出してもらうために、私がはっきりと覚えている学校初日の経験をお話しましょう。

先生が生徒全員を大きな円にして立たせました。彼女は生徒に左右の違いを教えようとしたのです。私はそのときは左右の違いをよくわかっていませんでした。しかし、左右の違いを教えてもらうことは私が学校に期待していたことではありませんでした。私はそんなことのために学校に行ったのではなかったのです。そこで私はちょっと反抗してみました。先生は「私が左と言ったらみんな左に揺れて、右と言ったら右に揺れてね」とはっきりと言い、「でも、向かい側の人のまねはしないでね、逆になってしまうから」と生徒に忠告しました。私のちょっとした反抗というのは、頭の中で何か言葉を言い続けることで ―どんな言葉だったか忘れましたが― 先生が右とか左とか言っているのを聞こえないようにして、向かい側の人のまねをしたのです。

そのとき私は知っていました、小さい子どもたちにとっては、左と右の違い、何年に何が起こったかということ、読み書き、数字などは簡単に思われること、つまり彼らにとって事実とは簡単に思われることを。そして、学校の初日や一年目で、学ぶ上では先生が教えるよりもっと簡単な方法があるということがはっきりと私には分かりました。つまり、人はただその人自身の人生を生きることで必要なことを学べるのだということが分かったのです。

そういうわけで私はすぐに学校でトラブルメーカーになりました。他の子どもたちは言われた通りにやっていましたが、それでも彼らは夏休みの初日が一年の中で一番幸せであると感じずにはいられませんでした。私の方はどうしていたかというと、学校にいるときは三日ごとに授業中に手を挙げてトイレに行き、そのまま家に帰ることを繰り返していました。

ついに、何年もかかってようやく、私の両親はその学校をやめさせさせました。何年か経ってやっと両親は息子の人生がどんどん悪くなっていて、もうこれは他にもっといいやり方があるにちがいないと気づいて私を退学させたのです。そうして私が10才の時にサドベリー・バレー・スクールに入学させました。

サドベリーの空気

サドベリー・バレー・スクールで学校生活を送ることは簡単なように見えます。自分で時間を工夫して好きなことができる場所だし、要求されることもほとんどありません。多くの点で既存の学校よりラクな場所のように思えます。でも、サドベリーに入ってきた多くの子どもたち、とくに以前何年か既存の学校にいた子どもたちにとっては、サドベリーはちょっと怖いところなのです。

学校に初めてやってきた子が校内に入ってまわりを見渡すと、今のサドベリーは生徒が170人なのですが、それに対して1000もの活動が、それも同時に行われているように見えるのです。自分以外の子どもたちはとても自信に充ち溢れて幸せそうで、自分を見て仲間に入れようとします。それは親切なことなのですが、初めて来た子どもたちには恐ろしいことなのです。なぜなら、自分がその子たちの期待に応えられるかどうか分からないからです。

でもサドベリー・バレー・スクールを見てその空気を感じると、この学校が持っているアイデアや人の関心を引きつける部分から、これこそ自分が4才のときに思い描いていた風景なんだとわかります。そして、この学校で人生が始まるのです。

安全な空間

私は10才でサドベリーに転校してきたのですが、自分を含め他の学校にいた子どもは前の学校でもらった重荷を背負いながらサドベリーに入ってきます。その重荷とは、「もうまわりの大人なんか信用しないぞ」という想いです。そういう子どもがもう一度大人を信用するようになるには、数か月あるいは数年かかる場合もあります。私のことを言うと、10才のときに毎週スクールミーティングに、どんなに議題が退屈でも出席していたのを覚えています。その理由は、いつどのようにスタッフが背後で糸を引き生徒を操っているのか見つけようと思ったからです。私が「ここにいる大人たちは大丈夫だ」と思うようになり、スタッフたちを信用し、彼らの言うことには表裏がなくここでは大人と子どもが対等なパートナーなんだと分かるまでには、少なくとも一年はかかりました。

サドベリー・バレー・スクールをアメリカにある多くのフリースクールと分けるのは、サドベリーが「法の支配」の観念を大事にしているという点です。私やサドベリーにやって来る多くの生徒にとって学校がルールによって運営されることがいかに大切かを私は分かっています。「法の支配」とは、つまりスクール・ミーティングの投票によって決まることだけが効力をもつということなのですが、それはとても重要なことです。私がサドベリー・バレー・スクールで恐れ心配していたのは、多くの善意ある大人たちが、はっきりとは命令せずに、上手に言葉のパワーを使って「この辺が適当じゃないか」と説得してくることでした。民主主義が20世紀にソ連や中国で起こった出来事から学んだことは、人にとってもっとも辛いのは、何かをするように命令されることではなく、するように命令されたことは楽しまなければならないとさらに言われることでした。

これは他の人も同じだと思うのですが、民主主義の力を感じることができることが私にとってとても大切なことでした。それが民主主義的であるということなのです。つまりスクール・ミーティングで4才から60才までの人、一人ひとりが投票し、投票で負けても自分の考えが尊重され、自分の意見をそのまま持ち続けることができるということが大切だったのです。

サドベリーのことを理解するのに時間がかかる子もいます。そういう子たちでも、自分たちが学校に行く前の幼かった頃のことを思い出し、もう一度人を信頼するようになり、心が開き、遊ぶことができるようになります。

知識よりも知恵

遊ぶというのはとても大切なことです。子どもだけでなく大人にとっても、遊ぶことで人生はよりうまく行くようになります。

日本でどの程度そうなのかは知りませんが、アメリカでは、成長とは何かを失うことであり、かつ成長して大人になるためには遊ぶのをやめなければならないという感覚があります。サドベリーに生徒として通っていると、大人になったからといって何かを失う必要がないとはっきりと感じます。むしろ大人になるというのは成長するということであり、子ども時代に価値あるものだったものを失わなくても何らかのものを得ることができるということが分かるのです。

サドベリーは、子どもたちにとって事実は分かりやすいものだと考えています。そしてこの現代では事実はそれほど重要ではないのです。多くの歴史クイズでテストされているデータはボタンひとつで知ることができます。なぜそれを記憶する必要があるのでしょうか?サドベリーでは事実は大事ではありません。サドベリーでは学びは目に見えないところで起こるのです。事実は、学校以外の他の環境と同じように、サドベリー・バレー・スクールのどこからでも目に入ってきます。ひょっとしたら他の環境よりもそうだとも言われています。でもサドベリー・バレー・スクールは事実について学ぶところではありません。サドベリー・バレー・スクールは本当の意味で成長し、知恵を得ていき、自分の人生にとって何が大事かという感覚を生み出すための場所です。

自立、責任

実際、人はそれぞれ自分自身に責任をもっています。他の人にはない苦労を抱えている人もいますが、自分の人生をよくできるかいなかは最後にはその人次第なのです。誰もが自分自身に責任があり、他人の人生に対して責任を取ることができる人はいません。それがすべての人に当てはまる人生の現実です。

でもパブリックスクール(公立学校)はそのことを認めようとしません。パブリックスクールでは、生徒にとって何が重要かを決めるという重い課題を先生が背負っているのです。生徒を完全な人間にする責任は先生にあると彼らは言うのです。しかしサドベリーではその日常生活のすべての面で、「あなたの人生に対する責任は他の誰でもなくあなた自身にあり、誰もあなたの苦難に対して非難したりはしないし、あなたがすることを決めるのは最終的にはあなただ」というメッセージを生徒は感じています。そして皆それぞれが、誰もが幸せな美しい子どもだということを知っています。そして幸せな子どもというのは、幸せとはどういうことかを知っている子どものことを言います。幸せとは、人生の責任は人それぞれの肩にかかっているのだということをみんなが分かっているような環境のことを言うのです。そこで人は実践し、学び、成長することができるのです。知恵というものは、もちろん人生全体にわたって得ていくものです。しかし人が知恵を得るには、まずは最初に生き生きとした弾みを必要とするのです。サドベリーでは、生徒は自分の運命の支配者です。

知恵は伝統的な方法で語ることはできません。なぜなら知恵というのは、個々人それぞれが自分の経験から引き出して、それぞれの事情の中でバランスを取っていく行為のことをいうからです。知恵とは、日のあたる場所で栄養を与えられて育っていくものであり、それこそ私たちがサドベリーで与えそして得ようとしているものです。

サドベリーで子どもたちは何をしているの?という質問については、子どもの数はたった170人ですが、一つ一つ答えていたらとても多くなります。私は生徒がしていることに関するリストを作ることには興味がありません。なぜなら、それはサドベリーで子どもたちがしていることについて限定的なイメージを与えてしまうからです。リストは彼らが実際にしていることにすぎません。しかしサドベリーでは何ができるのかという可能性は無限にあるのです。

遊びとおしゃべり

しかしその中でも子どもたちがしていることで注意を向けて欲しいことが二つあります。それは“遊び”と“おしゃべり”です。

人生の中で困難と喜びというのは対になって並んでいますが、子どもたちが複雑な社会を体験するようなゲームするとき、複雑な社会生活のモデルを作って実践して準備しているのです。子どもたちがポケモンのようなたくさんの複雑なルールを伴うゲームをするとき、彼らは何かを知る方法・他人と知識をシェアする方法に関する専門知識を使ってプレイしているのです。子どもたちはおもちゃの銃を使って戦争のゲームをするとき、彼らは力・権力に関わる事柄についてプレイしているのです。既存の学校は、このような種類の遊びを止めさせたり否定することで、子どもたちが自分たちの魂を実現しないようにします。しかしそういった魂は、複雑なアイデアを理解することを必要としているのです。

私が話したいサドベリーのもう一つの重要な要素はコミュニケーションです。サドベリーの生徒はいつも、他人とコミュニケートして、他人を理解して、そして他人の目を通して自分のまわりの世界を理解したがっています。

こういう自然に行われる遊びや会話は、同じ歳同士の子どもたちの間だけで起こるわけではありません。これは自由な学校にいるとよく分かることなのですが、他の学校では分からないことです。サドベリー・バレー・スクールでは4才から19才までの子どもや36才から75才までのスタッフが、お互いに自由に話し合い、対等に自由に遊んでいます。

素晴らしい意図をもったゲームがあります。それは何人かの年上の子どもたちでボールを使って一緒に遊びます。そこでは大きい子どもは足を使うだけなんですけど、小さい子どもは手を使ってもいいというルールがあって、誰ひとり取り残されずに遊べるのです。それによってみんなが遊べて楽しんでいるし、誰も笑われているようには感じません。

すべての年齢の子どもたちが互いにかかわりあうことは重要です。4才の子どもが7才の子どものことを理解するのは大切ですし、7才の子どもが10才の子どものことを理解するのは大切です。

デモクラティックなコミュニティ

コミュニティを牧歌的に思い描くことは簡単です。でも私はコミュニティがユートピアであると誤解して欲しくありません。学校は問題のない人のための場所ではありません。そこにいるのは人間であり、人間は人間の問題を抱えているのです。町・国・家族など、コミュニティには深刻な葛藤が存在します。それはコミュニティの要求と個人の権利の間の葛藤です。それはサドベリーでも日常的によくあることです。コミュニティが危機にある時に、日常から困難を取り除こうとする試みが法や規則です。それは、州に法律があるのと同じ理由です。デモクラシーはとても特別なアイデアです。しかしそれは、デモクラシ―が世界を完璧なものにしようとしているからではありません。デモクラシーは、世界を変化に応じて変えるための方法であるからこそ特別なのです。それは私がサドベリーバレーの司法委員会やスクール・ミーティングなどで日常的に目の当たりにしていることです。サドベリーでは人々は喜びを心から祝福し、悲しみはできるだけやわらげられるのです。

2006年1月 姫路講演にて